珍獣日記
くつがなる
その人の靴は「ぺや、ぺや」と鳴る。
姿が見えなくてもわかる。

あの人の靴はどんなふうに鳴るだろう。
少なくともかなりの急ぎ足。

春の風があったかい。
わたしの靴は「ぽ て  ぽ て」と鳴るようだ。

一歩ごとに花が咲く。
青くて小さいのが、道しるべのように。

どこからか甘い香り。
見上げる枝に白い花びら。

風にさらわれてそこにゆきたい。
光のなかにとけてしまいたい。

それより提げたアイスがとけちゃうねって。
「ぽて ぽて」鳴らして歩く。

追いつくほどではないけれど。
晴れた空に、靴が鳴る。
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いつつ数える間、見つめあった。
隣の車の犬と、目が合った。

青い信号が幕を引いておわりだった。

きっともう一生会わないだろう。
再会してもわたしは、わからないだろう。

日々の暮らしは穏やかだろうか。
あたたかい春の日差しを感じているだろうか。

関わりのない生をふわふわと空想する。
幸せなだけの生など、幸せにはほど遠いだろうけれど。

まっすぐに見つめあった瞳が忘れられない。
忘れられない。
つぼみ
たんぽぽが咲いた。
冬の間にも見かけたことはあったけど、
とうとういつもの場所に咲いた。

おかえり。

そういえばつぼみは見なかった。
見えていたけれど、見なかった。

黄色い花びらは光そのもののようだ。
照らされてさくらのつぼみがふるえている。
ふくらんだ内側の熱が、まぶしい。

さくらはつぼみばかり見ている。

さくら さくら たんぽぽ さくら
どちらもあいしているけれど。
春が
春が歩いている。

こんな夜更けに、何を探しているんだろう。
かすかに聞こえる足音は、どうして淋しそうなんだろう。

朝が近づく。
朝は、多分来るだろう。

桜はまだつぼみのまま。
桜は、咲くだろうか?

春は多分来るのに、命は不確かだ。

恋しい、恋しいと、春が歩いている。

窓に
月を飼っている。
波打つカーテンの底で、気持ちよさそうにゆれている。
わたしの眠気がごはんのようだ。

毎日顔を見せるわけではない。
雨が降ると遊びに行ってしまう。

よしよしと撫でるように愛でる。
嬉しそうにふくらんだり、せつなそうに小さくなったり、可愛い。

窓に月を飼っている。
わたしだけの秘密。